うんこは漏らしても個人情報は漏らすな

つれづれなるままにクソ記事を書きつつ

理想の相手は

誰でも一度は「理想の相手」というものを想像したことはあるだろう。

 

黒髪の乙女、誰にでも優しいギャル、捨て犬を匿う不良少年、白馬に乗った王子様。

 

理想の相手は十人十色であるが、その大体が自分にとって都合のいい存在になりがちではないだろうか。

 

だからいつかは誰もが悟る。

 

『理想の相手など空想上の存在なのだ』と。

 

つまるところ、何が言いたいかというと━━━━

 

「彼女が欲しいんだよな」

 

「またその話ですか先輩」

 

机に突っ伏しながら、呆れた顔で後輩が俺の講釈に文句を垂れる。

 

「俺達の高校生活はたった三年しかないんだぞ。今を必死に生きなくてどうする」

 

「必死に生きようとした結果が彼女探しって発情期の獣ですか?」

 

彼女の言葉に頭に血が上りかけたが、自分は先輩なのだと言い聞かせて平静を保った。

 

「あ、でも先輩を獣に例えたのは失礼ですよね」

 

「やっとお前にも先輩を敬うという意識が生まれたんだな」

 

「獣さんが可哀想です」

 

体温が10度ほど上がった気がした。

 

 

「でも先輩って、あんな話をする割に自分の理想は話してくれませんよね」

 

彼女にひとしきりの制裁を行い、反省の色が見られたので開放してやった矢先にそう聞いてきた。

 

「理想の相手なんて存在しないって悟ってるからな」

 

普段目にする姉の行い、クラスメイトからの噂、バイト先の女子の会話。

 

あらゆる情報源から女性に対する意見を得た俺は、幼少期に絵本で見たお姫様や、アニメのヒロインに対する恋心をゴミ箱にダンクシュートしていた。

 

「そういうとこだと思いますよ」

 

「やっぱりレイアップすべきだっただろうか」

 

「先輩が夢見がちだってとこです」

 

いつになく彼女が憤りを見せていた。

 

「先輩は少女漫画って読んだことあります?」

 

少女漫画なら、姉が購入していたものをよく読んでいた。

 

主人公の少女が出会う男たちの設定や心情が、ご都合すぎてファンタジーのように思えた覚えがある。

 

「それと同じです」

 

彼女はお返しだとばかりに俺に説教を浴びせてきた。

 

「女の子だってラブコメを見てヒロインにイラついたり鼻で笑ったりするんですよ」

 

どこにあんな都合のいい女の子なんて存在するんですかと嘲笑する。

 

「先輩は女の子に理想を求め過ぎなんです」

 

「妥協してそれなりのヤツと付き合えってか」

 

「私たちにも理想が存在するってことですよ」

 

こいつに一本取られて癪だった。

 

 

「じゃあお前の理想の相手って何なんだ?」

 

このままやられたままでは、先輩の威厳というものに傷が付きかねない。

 

逆に質問を投げかけてみた。

 

「やっぱり『外面は社交的、内面は性悪、でも主人公には本心を見せてしまう』みたいなのに憧れたりするんだろう」

 

「先輩結構少女漫画にハマってたでしょう」

 

図星である。

 

ガラスの仮面を読んだときは、手が止まらなかった記憶がある。

 

「女の子は結構ドライなんです」

 

例えば━━━━と筆箱の中の文房具を置きながら話を続けていく。

 

「経済力とか包容力とか居心地の良さとか、そういった将来性、相性なんかを女の子は見てます」

 

他にも色々あるんですけど、と彼女は文房具を一つずつ机に広げる。

 

「顔の良さなんか二の次ぐらいですよ」

 

嘘を付かないでもらいたい。

 

そんな女子の甘言に惑わされた男共が、一体何人犠牲になったのだろうか。

 

「結局のところ━━━━」

 

広げた文房具をしまいながら、ちらりと俺を見て呟いた。

 

「ありのままの自分でいられるっていうのが大事だと思うんです」

 

「ごもっとも」

 

たまにはこいつもいいことを言うじゃないか。

 

 

教室の外が、夕焼けというにはあまりにもどす黒くなってきたので帰宅の準備を始めた。

 

「やっぱり妥協しないといけないのかねぇ」

 

薄暗くなった廊下を歩きながら、そうぼやく。

 

「妥協というかなんというか」

 

横に並び立つ後輩が、俺の意見に異を唱えてきた。

 

「お互いの価値観を擦り合わせて、綺麗な形にするって言い方のほうが正しいんじゃないでしょうか」

 

ほぼ同じような意味だとは思うが、彼女には譲れないものがあったらしい。

 

「お前、結構ロマンチックなんだな」

 

「先輩がデリカシー皆無なだけです」

 

褒めたつもりだったのだが。

 

「知りません。先輩なんて一生独り身です。干からびてミイラになってしまえばいいんです」

 

そういうと早足で俺より前に出た。

 

どうやらだいぶ機嫌を損ねてしまったらしい。

 

あとで飯だのデザートだのを奢ってやればなんとかなるだろう。

 

後輩との距離が開いてしまった。

 

駆け足で行けばすぐに追いつける距離だが、その前に。

 

「ぜーーーったいお前だけには俺の好みは教えてやんねぇ」

 

そう呟いて、彼女のほうへ駆けた。