うんこは漏らしても個人情報は漏らすな

つれづれなるままにクソ記事を書きつつ

自分のデッキからカードを5枚選択して相手に見せる。相手はその中から1枚を選択する。相手が選択したカード1枚を自分の手札に加え、残りのカードを墓地へ捨てる。

ハッピーエンドが好きだ。

 

真の愛によって呪いが解けたり、七つのボールで皆が生き返ったり、全国大会で優勝したり。

 

そんな胸がすくような物語を、幼少期から好んで読んでいた俺は、バッドエンドが大の苦手になっていた。

 

足掻き、苦しみ、困難を乗り越えようとしてきた登場人物の彼らには、それ相応の報いがあって然るべきなのだ。

 

思い返せば、このバッドエンドアレルギーなるものを発症したきっかけは、幼稚園の頃に園長先生に読み聞かせてもらった『泣いた赤鬼』が原因ではないだろうか。

 

人間と仲良くしたい赤鬼のために、親友の青鬼が汚名を被ってまで彼に尽くすその姿は、日曜に早起きをする園児であった俺にはヒーローのように思えた。

 

問題はその結末である。

 

「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ぼくはどこまでも君の友達です」

 

そう置き手紙を残して青鬼は姿を消し、赤鬼は涙を流すのだ。

 

納得がいかない。

 

あまりにも救いがないではないか。

 

胸の中に次々浮かんでくる、もやもやとした霧がかかるような、そんな感覚。

 

はじめて味わう『それ』に、当時の俺は一緒に聞いていた園児達の前で大泣きをしたものである。

 

園長先生は「赤鬼さんみたいねぇ」と微笑んでいたが、泣き止まない俺や、釣られて泣き始めた子供の対処に追われる他の先生達の助太刀をするべきだったのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が作者だったら、絶対にあんな結末は書かん」

 

昼休みの食堂で、俺はそう結論付けた。

 

「あの時の先生達の慌てようったらなかったね」

 

俺の幼稚園からの付き合いである高尾仁が、当時を振り返りながらくつくつと笑っている。

 

あの後、園長先生が俺達に別の絵本を読み聞かせることで事なきを得た。

 

園長先生からは、「あなたの感受性は素晴らしいわねぇ」と褒められたのだが、当時の俺にはなんのことだかさっぱり分からなかった。

 

「今でも泣いた赤鬼について熱く語る高校生なんて、多分キミぐらいだと思うね」

 

そういわれると少し恥ずかしい。

 

先ほどの講釈を、他の生徒にも聞かれていたかもしれないと思うと少し耳が熱くなってきた。

 

「キミのそういうとこ、嫌いじゃないけどさ」

 

にやにやしながら仁はそんなことをほざいてくる。

 

「やめろ。俺は男なんぞに興味はない」

 

気分を害されたので、頼んだ唐揚げ丼を口に放り込む。

 

「あはは。でもさ、僕はバッドエンドも好きだなあ」

 

仁は生粋のホラー映画好きである。

 

「積み上げてきたものとか過程とかをさ、最後の最後に台無しする感じ。あれはひとつの芸術だよ」

 

そんなことを言いながら、うまそうにコロッケを咀嚼している。

 

「…たまになんでお前とつるんでるのか分からなくなるときがあるよ」

 

まるで水と油である。

 

「やだなぁ、キミが水なワケないじゃないか」

 

「お前自身が油なのはいいんだな」

 

自己分析の鋭い奴だなと思った。

 

「醤油とごま油を混ぜたら美味しいドレッシングになるだろ?」

 

一度こいつをぶん殴っても許されるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

断言しよう。

 

桜井咲希は間違いなく俺に惚れている。

 

今日だって、食堂全土を巻き込んだ俺と仁による大決戦を観客の一人として笑いながら見ていたし、応援の声もどちらかというと俺へのエールのほうが多かった気がする。

 

ちなみに、野次馬共が面白がって勝手に俺達二人を大将として、勝手に結成された醤油軍とごま油軍による戦いは、「マヨネーズをかければいいじゃない!」という桜井の鶴の一声により、ひとまずの決着がついたのであった。

 

そんな波乱の昼休みを終え、午後の授業も頑張ろうかと思っていた矢先━━━

 

 

 

━━━俺、仁、桜井の三人は、生徒指導室で反省文を書かされていた。

 

 

 

「そろそろ書けたか」

 

俺達三人の担任であり、国語担当の村田が、重々しい声でそう告げる。

 

「もう少しで俺が如何に仁を討ち取ったかの伝記が完成するので待っていただけますか」

 

思いのほか筆が乗ってしまった。

 

これも村田による授業の賜物ではないだろうか。

 

「村田先生、ここは『僕は見事、敵の裏をかいて醬油軍の内部を崩壊させた』よりも『敵を味方として引き込み、懐の深さを見せた』のほうが英雄らしいですかね」

 

右隣を見ると、仁は反省文を大げさに掲げながら村田に教えを請いていた。

 

「何故お前達二人はその集中力を普段から活かせんのだ…」

 

褒められてしまった。

 

仁と顔を見合わせて、互いの健闘を讃える。

 

「後五枚追加だ」

 

互いの反省文が、高らかに宙を舞った。

 

「先生。できました」

 

そんな声が聞こえたので、ふと左をみると、桜井が村田に状況説明文を提出していた。

 

本来ならば、彼女は何も悪くはないのだが、あの場を治めたとして一応同行してきたのであった。

 

「よし、桜井は戻っていいぞ。すまなかったな」

 

後で事情は先生が伝えておくから、と付け加えて村田が桜井を入口まで見送っていった。

 

「いえいえ、失礼しました」

 

桜井は一礼すると、俺達二人に向かって小さく手を振ってきた。

 

なんだか小動物のようである。

 

同時になにやら口をパクパクとさせているので、何事かと思ったが、すぐに気付いた。

 

なにかを伝えようとしているらしい。

 

目を凝らして、彼女の小さな口を注視する。

 

『あとでみせて』

 

笑いを耐えきれず、吹き出しそうになったが、なんとか堪えて彼女にサムズアップで返す。

 

やはり桜井は、俺に気があるのではないだろうか。

 

去っていく桜井を尻目に、超大作になる予定の原稿用紙へとシャーペンを滑らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人はホントに仲いいよね」

 

げっそりとした俺と仁を教室で出迎えたのは、桜井だった。

 

あの後、結局俺と仁は書き終わっても解放されず、村田に放課後までみっちりと説教を受ける羽目になった。

 

「ただの腐れ縁みたいなもんだよ」

 

仁が疲れた声で返答する。

 

流石のこいつも、長時間の正座と説教は堪えたらしい。

 

「たまたま家が近所で、幼稚園から高校まで一緒だっただけだな」

 

クラスが別々になっても、クラスに馴染むまでは度々仁とつるんでいた。

 

男子というのは、友達の友達と知り合えばそいつとも仲良くなり、そこから他のグループの奴らとも仲良くなり、というのを繰り返し、粘菌のように交友関係を広げていく。

 

一から人間関係を始めようとするのは、少し気が滅入るものである。

 

「でも、そういうのって憧れちゃうな」

 

桜井は、俺達を見てそんなことを言う。

 

「なんでもかんでも言い合える友達って、そうそういないよ」

 

隣の芝生が青く見えているだけではないだろうか。

 

「桜井さんだって、友達ならいっぱいいるじゃないか」

 

仁の言葉に俺も頷く。

 

昼休みの一件といい、彼女には人を惹きつけるカリスマがある。

 

桜井率いるマヨネーズ軍結成も、彼女の人望故だろう。

 

「あれだって結構博打だったんだよ?」

 

漫才師のコント中に急に飛び込むようなものだし、と彼女は言った。

 

さらっと俺達の決戦を漫才だと言い放ったのはひとまず置いておくとして、そんなに謙遜しなくても、と思った。

 

学年の中でも成績優秀、弁も立ち、容姿端麗である。

 

まさに俺の描くハッピーエンドにふさわしい。

 

「そんなに謙遜しなくていいんじゃないかなぁ。桜井さんは素敵だって、皆思ってるからこそついてきてくれるんだよ」

 

仁の言葉に目を見開いてしまった。

 

こいつはいけしゃあしゃあとこんなことを口走る奴なのだ。

 

「…ありがとね、高尾くん」

 

ほら見ろ。

 

桜井だってちょっと引いて━━━

 

彼女の顔を見て、ある可能性が頭の中をよぎった。

 

いやあ、ない。

 

流石にないな。

 

桜井の綺麗に切りそろえられたショートカットから覗く真っ白な耳が、少し赤みを帯びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

完全下校のチャイムを聴きながら、校門まで歩く。

 

『今日発売のゲームを買いに行く』と仁は一足先に帰ってしまったため、寄り道もせず、真っすぐ家に帰ろうかと思っていたのだが。

 

「先輩、ちょっと付き合ってくださいよ」

 

後ろから声をかけられた。

 

「断る」

 

見えている地雷を踏みに行くほど、俺は間抜けではない。

 

「今からあたしがここで一芝居打って、先輩をクソ男に仕立て上げることもできるんですよ?」

 

三股くらいでいいかな、などと声の主は恐ろしいことを呟いている。

 

下校中の生徒だらけの校門で、俺に対しての根も葉もない噂が広まってしまったら、これから俺は大手を振って登校できなくなるだろう。

 

「ちょうど暇で死にそうだったんだ、小鳥遊」

 

振り返って、目の前の悪魔と会話をすることにした。

 

小鳥遊星羅。

 

俺の一つ下の後輩である。

 

最初の出会いは、小鳥遊達の入学式が終わった頃だっただろうか。

 

友達とはぐれ、教室の場所が分からなくなったから教えてくださいと道を聞かれ、親切心が服を着て歩いている俺は、こいつを無事に送り届けてやったのだ。

 

道案内の間、小鳥遊となかなか意気投合した俺は、こんなことを口走ってしまった。

 

何かまた困ったことがあれば、聞きに来てくれ。

 

ご丁寧に自分のクラスまで教えてしまったのは、こいつの魔性のせいだろうか。

 

こんな感じで、仁とつるんでいない時は大体小鳥遊とつるむようになり━━━

 

 

 

「やったあ!先輩っていつも優しくって頼りになりますね!」

 

 

 

気が付けば、完全に舐められていた。

 

 

 

「それで?どこに行くんだ」

 

俺と小鳥遊は校門を抜け、少し歩いた先にある繁華街まで来ていた。

 

こんなところを教師にでも見られたら、また生徒指導室行きかもしれない。

 

「映画館です」

 

100mほど先を指さして、小鳥遊は言った。

 

「映画ねぇ」

 

映画は好きだ。

 

迫力ある映像や音を大画面で楽しむことができるのは、映画の醍醐味である。

 

しかし、問題は小鳥遊が何を観るか、だ。

 

別々の映画を観てもいいのだが、こいつの性格上、ゴネてくるのは明白だった。

 

無駄に体力を消耗したくないので、大人しく彼女の選んだものを観ることになるのだが、できればバッドエンドになりそうなものはやめていただきたい。

 

ただでさえ今日は疲れているのに、バッドエンドなんて見せられたら、俺は二日ほど寝込んでしまうかもしれない。

 

そんなことを考えているうちに、目的の映画館へと辿り着いた。

 

「今日はこれを観ます」

 

小鳥遊が胸を張りながら、ばんとポスターを叩く。

 

見ると、三年ほど前に大ヒットしたアニメ映画監督の最新作が写っていた。

 

あの映画は自分の中でも非常に印象に残っていたので、その監督の作品であれば、信頼できるものである可能性は高い。

 

ほっと胸をなで下ろし、ひとつ小鳥遊に聞いてみた。

 

「もちろん個人でチケット代を払うんだよな?」

 

「先輩はこんないたいけな後輩にお金を払わせる鬼畜だったんですか?」

 

最初に会った頃は、かわいかったんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言で言うと、セカイ系だった。

 

主人公が世界を取るか、ヒロインを取るか。

 

とてもかいつまんでいるが、こう表現したほうが分かりやすいだろう。

 

前作に負けずとも劣らない、非常に面白い作品だったのだが━━━

 

「あれはハッピーエンドといっていいのだろうか…」

 

主人公は世界ではなく、愛する人の手を取った。

 

確かに、ラブストーリーとして見たのならば、これはハッピーエンドといっていいだろう。

 

しかし、主人公の選択によって、世界は少しずつおかしくなっていくのだろう。

 

これは、見方によってはバッドエンドともいえるのかもしれない。

 

「あたしは、万々歳のハッピーエンドだなって思いますよ」

 

小鳥遊が自分の意見を述べてきた。

 

よく見ると、目元が少し赤くなっている。

 

「作中でも言われてたじゃないですか。これは世界が元のあるべき姿に戻りつつあるのかもしれないって」

 

そういえばそんなことを登場人物が言っていたような。

 

「だからきっと、あの選択は間違ってなかったんです」

 

なんだか今日は、小鳥遊から情熱のようなものを感じる。

 

「でもいいですねぇ…あたしもあんな風に一途に想ってくれる人がいたら、他はもう何もいらなくなると思います」

 

恍惚とした表情で、軽くトリップしていた。

 

仕方がない。

 

変なところまでトんでしまわないよう、ここは先輩として声をかけてやるか。

 

「お前だったら真っ先に自分で能力を使って金儲けに走りそうだよな」

 

この後、小鳥遊によって俺の財布の中身がどうなったのかは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした先輩」

 

小鳥遊が満足げに腹をさする。

 

一体、その体のどこにあの量の食べ物が収まっているのだろうか。

 

「女の子は皆、体型維持のために努力を惜しまないのです」

 

しゅっしゅっ、と虚空に向かってボクシングをしている。

 

なかなか様になっていた。

 

「まぁ、お前が楽しめたなら、俺も付き合った甲斐があったよ」

 

はしゃいでいる姿が犬みたいで飽きない。

 

「…先輩、そういうことを桜井先輩に言ってあげればいいと思うんですけど」

 

小鳥遊が目を細めながら俺を見て、そんなことを言ってきた。

 

「やだよそんな恥ずかしいこと」

 

「あたし一回先輩のことぶん殴っても許されると思うんです」

 

一体、誰に似てしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の早朝、まだ少し薄暗い中、俺は学校へと向かっていた。

 

昨日の映画を観た興奮からなのか、二時間ほど早く起きてしまった。

 

いつもの家を出る時間までだらだらとしていようかと思ったのだが、たまには普段とは違う行動をしてみるのも悪くないだろう。

 

寝起きの身体に、少し肌寒さを覚える気温が心地いい。

 

いつも通る商店街も、今はまだシャッターが半開きになっているところが散見される。

 

そんな少しばかりの非日常感を味わいながら、俺は悠々と門をくぐって教室へと向かうのだった。

 

 

 

早起きは三文の徳とは本当らしい。

 

 

 

圧倒的一番乗りであろうと勢いよく教室の扉を開けると、桜井が驚いた様子でこちらを見ていた。

 

彼女の机に視線を落とすと、なにやら赤い本やプリントが置いてあった。

 

「あれ、今日は早いね」

 

意外や意外といった顔である。

 

いつもは朝に弱い仁を待ってから登校しているため、チャイムが鳴り終わる直前で登校することが大半だ。

 

「たまには王者の気持ちを味わってみたいと思ってな」

 

手を広げて大仰に言ってみる。

 

「なにそれ」

 

どうやらウケたようで、桜井はくすくすと笑っている。

 

「高尾くんは?いつも引きずり起こしてるって言ってたよね」

 

仁は買ったばかりのゲームを徹夜で遊んでいたため、どうせ今日は昼ぐらいから登校してくるのだろう。

 

「最近遅刻しないなーって思ってたけど、さては遅刻貯金してたってことね」

 

「あいつは変なとこで無駄に細かいんだよ」

 

新学期が始まる時には、毎回自分がサボれる日程の調整をカレンダーとにらめっこしながら決めているらしい。

 

「自分が好きなことに全力なんだよ、きっと」

 

桜井が仁のことをそう評した。

 

「昔からあいつはああなんだよ」

 

幼稚園からの付き合いだが、本当に変わらない。

 

「そういえばさ、二人が小さい頃ってどんな感じだったの?」

 

桜井が目を輝かせながら、詰め寄ってきた。

 

少し近くて困る。

 

シャンプーだか洗剤だかの匂いが、鼻腔をくすぐる。

 

「お前勉強してなくていいのかよ」

 

とりあえず距離を取るために、彼女の机を指差しながら、近くの机の上に座った。

 

「飽きちゃった」

 

休憩代わりの雑談だと思ってさ、と付け加えて、両手を合わせて揺れている。

 

「しょうがねえなぁ」

 

大きく息を吐き出しながら深く座り、当時のことを思い出す。

 

「確か、あれは━━━」

 

 

 

あれは、小学三年生の学芸会のときだったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と仁は、学芸会で行う演劇の主役の座をかけて争っていた。

 

俺は目立ちたがりの子供だったので、当然主役になりたかった。

 

仁はこの頃から面白いそうなことには目がなかったため、一番面白そうな主役になりたかった。

 

小学生男子というのは単純なもので、脚の速さ、遠投、給食の食べる速さなど、とにかくあらゆる方法で仁と対決した。

 

しかし、仁が勝てば次は俺が勝ち、その次は仁、そのまた次は俺、というように一進一退の攻防戦が繰り広げられていく。

 

担任の先生はさぞ手を焼いたことであろう。

 

このまま永遠に終わらないのではないかと思われたこの大戦争は、仁が自ら降りることで終戦となった。

 

「こっちの悪役のほうがかっこよくておもしろそうだからやる」

 

だそうだ。

 

あとで仁に本当によかったのか、と聞いてみた。

 

「代わりに肉屋のコロッケを買ってくれ」

 

などと頼まれたので、その日の帰りに公園で一緒にコロッケを食べたのを覚えている。

 

 

 

 

なお、肝心の演劇は俺と仁のアドリブに次ぐアドリブにより、体育館を大混乱に巻き込んだのであった。

 

 

 

 

 

「ホントにキミ達って変わらないんだね」

 

目を細めながら、桜井が微笑んでいる。

 

「あとで先生から大目玉を食らったよ」

 

最終的に俺と仁が手を組み、王様役を打倒して終了したのだが、今思えば、あの時の俺達の想像力はどうかしていたと思う。

 

「見たかったなぁ、その劇」

 

「やめとけやめとけ。正直墓まで持っていきたかった話だ」

 

今でも思い出すと赤面してしまう。

 

「あー、面白かった。ありがとね」

 

桜井が大きく伸びをしながら、俺に感謝の意を述べてくる。

 

桜井って意外に大きいんだな、などと邪な考えが頭をよぎったため、直ちに目線を逸す。

 

時計を見ると、もうすぐ他の生徒たちがやってくる時間となっていた。

 

長話だったので喉が渇いた。

 

桜井にそう告げて、給水機まで行くために教室の扉を開けようと手をかけたその時。

 

━━━俺は桜井の独りでに呟いた言葉を聞いてしまった。

 

動揺したことを悟られないよう、ゆっくりと扉を閉め、足早に廊下を歩く。

 

まさか。

 

桜井の言葉が、脳内で何度も繰り返される。

 

 

 

『そっか、コロッケ好きなんだ』

 

 

 

昨日の放課後に一瞬でも考えた可能性が、確信に変わる。

 

こういうのをなんと言うんだったか。

 

「あれっ?もしかして脈無し?」

 

言葉にすると、思いのほか心に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさ、もう少しで撃破だって油断してたら第二形態があってね。ボコボコにされたわけ」

 

案の定、仁は昼休みにやってきた。

 

今の今までプレイしていたのだろう。

 

目元にくまができていた。

 

「面白過ぎて朝ごはん抜いてきちゃったんだよね」

 

そう言いながら、メンチカツをもしゃもしゃ咀嚼している。

 

「なぁ仁」

 

ひとつ、聞いてみることにした。

 

「なにさ」

 

一人で盛り上がって喋っていたところに水を差されたため、仁は少しむすっとした表情で俺に応答する。

 

どこまでも自分勝手な奴である。

 

遠回しに聞いてやろうと思っていたが、ムカついたので直球で聞くことにする。

 

「お前桜井のことどう思ってんの?」

 

ぶほぉっという音と共に、目の前にいる仁がむせていた。

 

ちょっとだけメンチカツの残骸がトレイに転がっている。えんがちょ。

 

思いのほかクリティカルヒットである。

 

「なんで急にそんなこと聞くのさ…」

 

水を流し込んで落ち着いたのか、疑問を投げかけてくる。

 

なんでと聞かれても、桜井があんなことを言っていたから当の本人はどう思っているのかを知りたいだけである。

 

桜井のプライバシーに関わるため、本当のことを話すわけにもいかない。

 

「昨日の放課後に、仁があんなに桜井を励ましてたのが引っかかってな」

 

それらしい理由をすぐに思いついた。

 

将来は詐欺師になれるかもしれない。

 

「別に、あんなの普通だよ。あれぐらいキミだって言えるさ」

 

「俺だったら恥ずかしすぎて逃げ出したくなるわ」

 

こいつがここまで天然だとは思っていなかった。

 

「桜井さんは面白い人だなって思ってるし、普通に仲のいいクラスメイトだよ」

 

「…そうか」

 

これ以上詮索するのは仁に怪しまれそうだったので、話を切り上げることにした。

 

仁は桜井のことを悪からぬとは思っているが、それ以上でもそれ以下でもない、と。

 

ならば。

 

 

 

俺のやるべきことは、ひとつである。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、俺はベッドの上で胡坐をかいて己のスマホと対峙していた。

 

「これより作戦会議を始める」

 

『いえーい』

 

スマホの向こうで小鳥遊がぱちぱちと手を叩いていた。

 

『いやー、やっと先輩が重い腰を上げたんですねぇ…』

 

長かったです…と勝手に感慨に耽っていた。

 

少しだけイラっとしたが、今回は目をつぶっておいてやろう。

 

事が事なのである。

 

相談できる奴がいるに越したことはない。

 

「桜井が仁に気があることはほぼ確実といっていい」

 

これまで彼女と関わってきた中で、やたら仁のことを気にかけているな、と思ってはいたが。

 

『なぁにが「桜井が俺に気があるかもしれない」ですか。あたしが先輩だったら恥ずかしすぎて三日三晩布団の中で唸ってますね』

 

「うるせえな」

 

せいぜいさっき湯舟の中で思い切り叫んでいたぐらいだ。

 

『それで?策はあるんですか?』

 

「おうともよ」

 

人間吹っ切れると頭が冴えてくるものである。

 

「もうすぐ仁の誕生日だ。これを利用する」

 

俺が風呂の中で考えたプランはこうである。

 

『仁の誕生日プレゼントについて悩んでいる。一緒に考えてくれないか』

 

そういって、桜井と共にプレゼント探しと称して出かけるのである。

 

桜井は悩んでいるクラスメイトを助けることができ、もしかすれば自身の想い人の情報まで手に入るかもしれないという一石二鳥の提案に必ず乗ってくる。

 

はずである。

 

とにかく、一度出かけることができればこっちのものだ。

 

そこから、仁を餌にして何回か出かけていけばよい。

 

彼女に仁の情報を提供していく中で、少しずつ俺という存在を擦りこんでいく。

 

『気のいい友達だと思ってたけど、もしかしたらあなたのほうが好きになったかもしれない』

 

恋愛関係でよく聞く『キープ』を利用した、実に知的な作戦である。

 

━━━ということを小鳥遊に伝えた。

 

『先輩ってホントにどうしようもない外道ですね』

 

「策士と呼べ」

 

令和の太公望だと自負している。

 

はいはい、と小鳥遊が呆れていた。

 

『それで、あたしは何を手伝えばいいんですか?』

 

画面に映っていた小鳥遊の顔が近づいてくる。

 

「いや、俺が思いついた壮大な計画を誰かに聞いてほしかっただけなんだが」

 

こういうときに便利な存在である。

 

『じゃあ勝手にストーカーしときますね』

 

「勝手にしろ」

 

補導されても助けてやらんが。

 

鬼!悪魔!小●靖子!などと聞こえてくるが無視した。

 

「じゃあもう切るぞ」

 

これ以上はただの雑談になりそうなので、切り上げようとカメラ機能を切り、通話終了のボタンに指をかける。

 

『先輩』

 

先ほどまでうるさかった小鳥遊の声が、少し低めのトーンで聞こえてきた。

 

小鳥遊はそのまま続ける。

 

『もし上手くいかなかったとしても━━━』

 

何かを言おうとして。

 

『いえ、上手くいくといいですね!』

 

結局、やめてしまった。

 

「上手くいくに決まってるさ」

 

小鳥遊が何を伝えようとしたのかは気になるが、心配は不要だ。

 

だって、俺がやろうとしていることは━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果として、桜井と出かけることに成功した。

 

本心を隠し、あくまで仁の誕生日のためなのだということを強調して桜井に頼み込んだのだが、本人は「全然いいよー」とあっけらかんとしていた。

 

少し鼻息が荒かったことは置いておこう。

 

というわけで、俺と桜井はプレゼント探しのために街の中を歩いてた。

 

「それで、何か検討はついてるのかな?」

 

桜井が尋ねてくる。

 

「適当なゲームにでもしようかと思ったんだが、あいつなら大体持ってると思ってな。結局やめた」

 

仁なら面白そうなゲームは自分で情報を集めて買っているだろうし、何よりどこぞの後輩のせいで少々懐が寒くなっていた。

 

「あんまり高いものを買っても向こうがお返しをするときに困っちゃうからね。正解だと思う」

 

お褒めの言葉を頂戴した。

 

やはり、とりあえず褒めて伸ばす姿勢が皆から好かれる秘訣なのだろうか。

 

そんなことを思っていると、桜井が非常に返答に困ることを聞いてくる。

 

「前はどんなもの贈ってたの?」

 

正直にいうと、今まで俺達二人が誕生日にプレゼントを贈り合ったことなど無い。

 

桜井と行動するために真っ当な理由を作っただけであり、そこを突かれると非常に痛い。

 

毎回近くのカラオケやボーリング場に行き、片方の奢りでひたすら遊んでいただけである。

 

何かそれっぽい嘘をでっち上げなければならない。

 

「…指ぬきグローブ?」

 

「なんで疑問形なのかな」

 

思考がボーリングに引っ張られた。

 

「あいつは奇をてらったものが好きなんだよ」

 

無理やり押し通すことにする。

 

「あ、でも確かにそれっぽいかも」

 

赤いバンダナとか巻いたら面白そうだよね、と何気にひどいことを言っているが、ひとまず納得してくれたらしい。

 

「…仁とは長いからさ。たまにはまともな物贈ってやったほうがマンネリにならなくていいかなと」

 

頭の中でこねくり回した言葉を、それらしい口調で吐き出す。

 

嘘をつくならとことんやるべきである。

 

「きっと、何を貰っても高尾くんは喜んでくれると思うな」

 

桜井は、俺に笑いかけてそう言った。

 

「そうかもな」

 

ちゃんと仁へのプレゼントを考えてやらんでもない。

 

そう思わせるほど綺麗な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなんでいいか」

 

「うん、すごくいいと思う」

 

仁に贈るものとして白羽の矢が立ったのは、あいつの好きなゲームキャラのデフォルメされたぬいぐるみであった。

 

お手頃価格で非常に助かる。

 

「今日はホントにありがとな、助かったよ桜井」

 

今をときめく女子高生の意見を仰ぐことは非常に大事なのだと知った。

 

感謝の意を桜井に伝える。

 

「ううん、私なんてキミの話からいくつかアドバイスしただけだもん」

 

そういって軽く首を横に振る。

 

本当に桜井咲希という人間は謙遜の多い人間である。

 

彼女は自分のことを過小評価しすぎている。

 

だからきっと。

 

「じゃあそろそろ帰るか」

 

空はすっかり日が暮れ、夕方になっていた。

 

もうそんな時間なのかと会計を済ませてから驚いたのだが、それほど彼女との買い物が楽しかったということだろうか。

 

「そうだね。確か駅のほうまで帰る方向同じだっけ?」

 

「おう、んじゃ行こう」

 

そう言って、歩き出す。

 

「高尾くん、絶対喜んでくれるよ」

 

並び歩く桜井は少しはしゃいでいた。

 

「なら、お返しも期待しないとな」

 

三倍返しくらいで許してやろう。

 

「ホワイトデーじゃないんだから」

 

彼女は苦笑している。

 

そんな、ころころと表情が変わる桜井を見て、頭の中で『もしも』の可能性を考えてみた。

 

こんなふうに一緒に出掛けて、他愛ないことを話して、一緒に笑い合う。

 

好きな人と歩く街並みは、それはそれは色鮮やかに見えることだろう。

 

でもそれはきっと━━━

 

「なぁ桜井」

 

一通り考えた後、意を決して桜井に話しかける。

 

「なにかな?」

 

桜井は俺の目を見て答えてくれる。

 

「仁はさ、コロッケみたいなもんだったらなんでも好きだ」

 

ぽつぽつと、彼女に向けて話し始める。

 

「朝は弱いから何をしてでもいい、叩き起こせ」

 

あいつは本当に世話が焼ける。

 

「ゲームはあいつの生命線みたいなもんだ。受け入れてやってくれ」

 

もしよければ一緒に遊んでやればいい。

 

「嫌味ったらしいが本人に悪気はない。じゃれてるようなもんだ」

 

俺に対しては間違いなく悪気しかないだろうが。

 

そして最後にこう付け加えた。

 

「桜井のことは気に入ってるらしい。きっと押せば落ちる」

 

きょとんとしている桜井に思い切り笑ってやる。

 

見ると、少し赤面していた

 

「もしかして、バレてた?」

 

もしかしてバレていないとでも思っていたのだろうか。

 

「令和のホームズと呼んでくれ」

 

生意気でうるさいワトソンしかいないが。

 

そんなことを話していると、もう駅についていた。

 

「私、頑張るね」

 

桜井の目は、自信に満ち溢れている。

 

「おう、もしあいつが振ってきたならぶん殴って改心させてやろう」

 

こんな美人を悲しませるようなことがあれば許されないだろう。

 

ひとしきり笑い合った後、桜井は駅のホームへと消えていった。

 

さて、俺も帰ろうかと思った矢先。

 

「先輩」

 

なんだか前もこんな感じで呼び止められた気がする。

 

「よぉ小鳥遊」

 

振り返ると、小鳥遊星羅がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントについてきてたのな」

 

桜井との行動中、ずっと怪しげな視線を感じていたので、案の定といったところだが。

 

「さっきのどういうことですか」

 

小鳥遊は俺との会話を無視して問いかけてくる。

 

なんだか今日のこいつはご立腹らしい。

 

「だから言ったろ。絶対に上手くいくって」

 

上手くいきすぎて笑えてきた。

 

「敵に塩送るどころか米俵投げつけてるじゃないですか!」

 

脳内で仁が米俵に押し潰されているイメージが浮かぶ。

 

思いのほか気分がいい。

 

「どういう風の吹き回しなんですか…」

 

呆れたように小鳥遊は呟く。

 

理解不能なのだろう。

 

かわいそうな後輩のために、種明かしをしてやることにした。

 

「どうすればよりよい方向に転がるかを考えてな。こうなるほうがお得だ」

 

俺と桜井が付き合う『もしも』の可能性。

 

確かに俺にとってはハッピーエンドかもしれないが、それは独りよがりというものである。

 

「桜井は仁といたほうが収まりがいいんだよ」

 

桜井の自己肯定感の低さは少し気になるところである。

 

仁ならきっと彼女の助けになるだろう。

 

「だからって、それじゃ先輩は━━━」

 

「誰かのハッピーエンドを仕立て上げるのも、意外に悪くないな」

 

なかなかに得難い達成感がある。

 

「どうだ?俺の書いたシナリオは」

 

してやったりな顔で小鳥遊に問いかける。

 

「知りません!先輩なんてずーーーーっとそうやって感傷に浸ってニヤニヤしてればいいんです!」

 

小鳥遊はそう叫ぶと、一目散に走り去っていった。

 

先輩のアホー!マヌケ―!などと喚いていたが、気狂いとして警察のお世話にならないか心配だった。

 

「まぁ、しばらくしたら落ち着くだろ」

 

小さくなっていく小鳥遊の姿が見えなくなるまで見届けてから、歩き出す。

 

「ラーメンでも食べるか」

 

今日の一杯はさぞかし美味いことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさ、この前桜井さんに告白されちゃってさ。困っちゃうよねぇ」

 

「死ね」

 

それから数日後の仁の誕生日。

 

俺達はいつもと変わらず食堂で昼食を食べていた。

 

いつもと少し違うのは、仁が食べているものである。

 

仁は、弁当を食べていた。

 

見るとコロッケやらタコさんウインナーやら卵焼きやら非常にうまそうなものばかりの、それはそれは豪華なものだった。

 

「桜井さんって料理上手いんだね。憧れちゃうなぁ」

 

控えめに言って、ぶん殴りたかった。

 

それはさておき、手作りの弁当まで渡しておきながら、一緒に食べようと誘っていない辺りまだまだ彼女は詰めが甘い。

 

気が利かない仁も仁である

 

ため息を吐きながら、目の前にいるろくでなしに声をかける。

 

「ちゃんとお礼言っとけよ」

 

「うん。それはもう特大のやつをね」

 

こいつなら言うまでもないか。

 

苦笑して、鞄からぬいぐるみを取り出して仁に投げつける。

 

「仁」

 

一息ついて続ける。

 

「精一杯幸せを享受して死ね」

 

仁は、くしゃっと笑っていた。

 

「んじゃ先に行くわ」

 

空になった皿とトレイを持って席を立つ。

 

「あれ、どっか行くの?」

 

「ちょっと野暮用がな」

 

スマホを開いて、『そいつ』に電話をかけた。

 

「よう、ツラ貸せよ」

 

もうひとつだけ、やることがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小鳥遊は音楽室にいた。

 

「よう」

 

彼女に声をかける。

 

案の定むすっとしてこちらを睨んでいた。

 

「なんですか、いきなり呼び出して」

 

「お前も似たようなことしてるだろ…」

 

つくづく自分のことを棚に上げるやつである。

 

「悪かったよ。騙すようなことして」

 

こういう時は、素直に謝るに限る。

 

「先輩のくせにあたしを騙そうなんて五億年早いです」

 

作戦会議のときのはしゃぎっぷりは滑稽だった、などとうっかり口走らないように気を付ける。

 

「…ホントにこれでよかったんですか?」

 

一応許してはくれたようなので、胸をなで下ろす。

 

「お前もしつこいな。これで満足だよ」

 

あれから思い返してみたが、やはりこれが一番しっくりくる結末だと信じている。

 

「先輩も物好きですね。自分の幸せが一番じゃないですか」

 

小鳥遊は呆れていた。

 

「前も言ったろ。あれは独りよがりだって」

 

きっと俺では桜井を支えきれないだろうし。

 

俺は続ける。

 

「俺さ、『泣いた赤鬼』が昔から苦手だったんだけどな」

 

「あ、あたしもちょっともやっとした終わり方で好きじゃないですねぇ」

 

奇遇である。

 

「でも今ならあの話を書いた作者の気持ちがわかる気がするよ」

 

誰かのために行動することは、なんだか誇らしい。

 

きっと作者はそんなことを思っていないかもしれないが、こういうのは自分の中で勝手に解釈できればいいのだ。

 

「それはそれで独りよがりだと思います」

 

「だよなぁ」

 

そう、どこまでいっても俺は独りよがりなのだ。

 

だけど━━━

 

「俺が納得できているなら、それでいい」

 

「そうですか」

 

そうなのだ。

 

もう一度、小鳥遊に聞いてみた。

 

「どうだ、俺の書いたシナリオは」

 

「まぁ、先輩にしては悪くなかったんじゃないですか」

 

お前がそういうのなら、充分だ。