とある男の日記
僕には名前がない。
厳密には、忘れてしまったというほうが正しいだろうか。
どこにでもいる普通の名前だったような気がするし、頓珍漢な名前だったような気もする。
名前がない、というのは日常生活では不便なので名乗っている名前はあるが、名前を失った僕の犯した失態にちなんで付けられたものなのであまり気に入っていない。
とはいえ、他に名乗るものもないし、僕はお世辞にもセンスがいいとは言えないので仕方なくこれを名乗っている。
僕がこの名前を名乗ると、毎回しかめっ面をされるので最初は嫌な思いをしたものだが、慣れとは怖いもので、半年もすれば「これにはワケがあるんですよ。笑ってやってください」と愛想笑いで乗り切ることを覚えてしまった。
名乗られた相手はたまったものではないだろうが仕方ない。
———僕には、名前がないのだから。
僕には毎日欠かさずやっていることがある。
「ポケットモンスター」だ。
「シングルレート2000を達成すればお前の本当の名を教えてやる」とどこかの誰かに言われたので、半信半疑ではあったが他にやることもないので仕方なくやっている。
なぜコケコを出してきた。こっちは砂パだぞ。砂なんか選出してない。負けだ。
ガルランドに入っているゲコはレヒレに打点がない。進研ゼミで習った。ゴミ箱を投げられた。負けだ。
カグヤがめざ氷を持っていた。負けだ。
今日も勝てる見込みがないのでポケモンを中断する。やってられるかこんなゲーム。モンハンするわ。
ナナ・テスカトリにボコボコにされたのでコントローラーを投げたら動かなくなった。
踏んだり蹴ったりである。
仕方がないのでジョニーを慰めていたら一日が終わっていた。
いつ僕は名前を取り戻せるのだろうか。
Instagram、というものを始めてみた。
Twitterが下町ならば、Instagramは東京の都会といった感じで雰囲気が違うようだ。
中学や高校のときの友人たちであろうアカウントを見つけたので懐かしさを覚えながら開いてみたが、皆、今の僕とは違うきらびやかな生活を送っているようで何とも言えない気持ちになった。
途中、中学時代に気になっていた女子のアカウントを見つけた。
ナイトプールに行ってきたそうで、水着の写真が上げられている。
僕はInstagram初心者であるので、今後の参考資料として丁重にスクリーンショットを撮っておいた。
決してやましいことに使うわけではない。
決して。
スマホにセットしておいたアラームで目が覚めた。
夏休みも終わり、今日から大学である。
Twitterを開くと、いくつか通知が来ている。
プライドをかなぐり捨て、己の性癖を曝け出したツイートがまたいいねをもらったようだ。
お前に恥じらいというものはないのかと友人たちに言われるが、当然僕も羞恥心は持っている。
如何に恥を捨て、己を表現できるかがTwitterというものなのだ。言うなれば僕はアーティストである。多分違う。
いつまでも布団の中にいては遅刻してしまうので跳ね起きる。
また単位を落として6回生になりました、となってしまうのは御免である。
最後にまた、くだらない呟きを打ち込み、スマホを布団に投げて部屋を出た。
開かれたままのTwitterに僕のアカウントIDが写っている。
それは今の僕の名前であり、名前を失ってから最初に犯した罪。
今日も僕はこう名乗る。
dappun_poke、と
こんなの書いてないでポケモンしろ